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高松高等裁判所 昭和57年(ネ)186号 判決 1988年8月23日

控訴人 株式会社今新ビル

右代表者代表取締役 寺田完

右訴訟代理人弁護士 友添郁夫

同 西川道夫

同 飛田正雄

被控訴人 四国貯蓄信用組合

右代表者代表理事 八木恭平

右訴訟代理人弁護士 大野忠雄

同 楠瀬輝夫

同 武田安紀彦

主文

一、原判決を取り消す。

二、被控訴人の請求を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

1. 控訴の趣旨

主文と同旨。

2. 控訴の趣旨に対する答弁

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

二、当事者の主張

1. 被控訴人の請求原因

(一)  被控訴人は控訴人に対し、次の各金員を、いずれも利息年八分、遅延損害金年一割八分二厘五毛として貸し付けた(以下「(1)の貸付」等という。)。

(1)  金額 一億円

貸付日 昭和五〇年一〇月三一日

弁済期 昭和五一年四月三〇日

(2)  金額 六九五万円

貸付日 昭和五一年六月四日

弁済期 昭和五二年四月三〇日(後に同年一〇月三一日に変更。)

(3)  金額 一一三〇万円

貸付日 昭和五一年一〇月一〇日

弁済期 (2)に同じ

(4)  金額 一億一三一二万一〇〇〇円

貸付日 昭和五二年一月二〇日

弁済期 (2)に同じ

(5)  金額 五二六万〇二二二円

貸付日 昭和五二年三月三〇日

弁済期 (2)に同じ

(二)  よって、被控訴人は控訴人に対し、貸付金合計二億三六六三万一二二二円及びうち(1)の一億円につき弁済期の経過した後である昭和五四年一一月二九日から、(4)の一億一三一二万一〇〇〇円につき同様昭和五五年五月二〇日から、(2)、(3)、(5)の合計二三五一万〇二二二円につき同様昭和五二年一一月一日から各支払ずみまで約定の年一割八分二厘五毛の割合による遅延損害金の支払を求める。

2. 請求原因に対する控訴人の認否

(一)  (一)の(1)の事実につき、控訴人は初めこれを認めたが、それは真実に反する陳述で錯誤に基づいてなしたものであるから、その自白を撤回して否認する。

被控訴人は昭和二九年中小企業等協同組合法に基づき設立されたものであるが、既に同種信用組合があって経営は楽でなく、そうした後発の不利な立場を補うため、控訴人らを利用して架空の貸付と同時にその貸付金と同額の預金がなされたような体裁を整え、預金及び貸出の各残高が実際よりも多額に存在するように粉飾し、もって営業が隆盛に行われているかのように装うことを続け、昭和四九年六月当時で明らかになったものだけでも、二二億六八〇七万〇九四八円という膨大な架空の即時両建がなされていた。(1)の貸付はその一環をなす架空のもので、それは昭和五〇年四月三〇日付でなされたものである。

被控訴人は右自白の撤回について異議を述べた。

(二)  その余の請求原因事実は認める。

3. 控訴人の抗弁

(一)  (1)の貸付に対する抗弁

仮に(1)貸付がなされたとしても、次のとおり無効である。

(1)  被控訴人は前記のように、預金及び貸出の各残高を粉飾するため膨大な架空の拘束性のある定期預金及びこれを取引条件とする貸付を行っていたが、(1)の貸付もその一環として、架空預金に見合う手形貸付が存在するかのように同一金額の約束手形を控訴人に差し入れさせるなどして仮装したものであり、通謀虚偽表示によるものとして無効である。

(2)  (1)の貸付は、金融機関である被控訴人がその優越的地位を利用して、継続的な取引関係にある顧客の控訴人に対し一億円を貸し付けると同時に、その全額を拘束性のある定期預金として受け入れたものである。

右のように拘束性預金比率一〇〇パーセントの即時両建預金を取引条件とする(1)の貸付は、全く被控訴人の利益のためのみになされ控訴人に不当な不利益を課したもので、不公正な取引方法が用いられたことにほかならないから、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)一九条に違反し無効というべきである。

仮に右主張が認められないとしても、(1)の貸付は拘束性預金比率一〇〇パーセントの即時両建預金を取引条件とする点において公序良俗に反し無効であるというべきである。そうでないとしても、右貸付の金利がその貸付の取引条件とされた拘束性のある定期預金の金利を超過する限度で、同貸付における利息・遅延損害金についての約定は無効というべきである。

(二)  (1)ないし(5)の各貸付に対する抗弁

(1)  控訴人は被控訴人に対し、次のとおり各定期預金債権(以下「(ア)の定期預金債権」等、定期預金自体を「(ア)の定期預金」等という。(ウ)は昭和五二年六月二八日預入れに係る金額七〇万四八三〇円の自動継続定期預金で、その後元加書換継続がなされたもの)を有する。

(ア) 金額 一億円

預入日 昭和五〇年一〇月三一日

満期日 昭和五二年一〇月三一日

利息 年八分一厘

(イ) 金額 五〇〇万円

預入日 昭和四九年一〇月二二日

満期日 昭和五〇年一月二二日

利息 年五分六厘

(ウ) 金額 七四万七〇八七円

預入日 昭和五四年六月二八日

満期日 昭和五五年六月二八日

利息 年五分三厘五毛

昭和四九年二月五日被控訴人と控訴人の間で、控訴人が被控訴人に対する債務の一つでも期限に弁済しなかったときは、何らの通知・催告なくして控訴人の被控訴人に対する一切の債務につき期限の利益が失われ、直ちに弁済期が到来する旨の約定がなされた(信用組合取引約定書五条一項六号)。

控訴人は被控訴人に対する(1)の貸付債務につき、弁済期である昭和五一年四月三〇日に弁済しなかったので、翌五月一日をもって被控訴人に対する(2)ないし(5)の各貸付債務についても期限の利益が失われて弁済期が到来した。

ところで、控訴人は昭和四九年二月五日被控訴人との間において、被控訴人に対する債務につき期限の到来又は期限の利益喪失により弁済期が到来したときは、何らの意思表示なくして当然に被控訴人に対する債権と対当額で相殺の効力を生じる旨の停止条件付相殺契約を締結した(信用組合取引約定書七条)。

したがって、被控訴人の(1)ないし(5)の各貸付元利債権と控訴人の(ア)ないし(ウ)の各定期預金元利債権は、相殺適状時である昭和五一年五月一日対当額で相殺の効力を生じた。そうでないとしても、少なくとも被控訴人の(1)の貸付元利債権と控訴人の(ア)、(イ)の各定期預金元利債権の間では右効力を生じた。

(2)  仮に右主張が認められないとしても、控訴人は昭和四九年二月五日被控訴人との間において、被控訴人に対する債務につき期限の到来又は期限の利益喪失により弁済期が到来したときは、被控訴人は直ちに控訴人に対する債権をもって控訴人に対する債務と対当額で相殺する旨の意思表示をしてその効力を生ぜしめる相殺予約契約を締結した(信用組合取引約定書七条二項)。

被控訴人は右予約に基づき、昭和五一年五月一日予約完結の意思表示をなすべきであるから、同日その意思表示がなされたものとみなすべきである。

したがって、被控訴人の(1)ないし(5)の各貸付債権と控訴人の(ア)ないし(ウ)の各定期預金債権は、相殺適状時である昭和五一年五月一日対当額で相殺の効力を生じた。そうでないとしても、少なくとも被控訴人の(1)の貸付債権と控訴人の(ア)、(イ)の各定期預金債権の間では右効力を生じた。

(3)  仮に右主張が認められないとしても、控訴人は被控訴人に対し、被控訴人の(1)の貸付債権の弁済期徒過とともに(2)ないし(5)の各貸付債権の弁済期が到来した昭和五一年五月一日後直ちに右各債権の弁済につき示談を申し入れた。それは、控訴人から(ア)ないし(ウ)の各定期預金債権をもって被控訴人の右(1)ないし(5)の各貸付債権と相殺する旨の意思表示を含むものである。

したがって、被控訴人の(1)ないし(5)の各貸付債権と控訴人の(ア)ないし(ウ)の各定期預金債権は、相殺適状時である昭和五一年五月一日対当額で相殺の効力を生じた。そうでないとしても、少なくとも被控訴人の(1)の貸付債権と控訴人の(ア)、(イ)の各定期預金債権の間では右効力を生じた。

(4)  仮に右主張が認められないとしても、控訴人は昭和五五年一二月一〇日の原審口頭弁論期日において被控訴人に対し、(ア)ないし(ウ)の各定期預金元利債権をもって(1)ないし(5)の各貸付元利債務と対等額で相殺する旨の意思表示をした。

したがって、相殺適状時である昭和五一年五月一日右控訴人の被控訴人に対する各債権、債務は対当額で相殺の効力を生じた。

(5)  仮に右主張が認められないとしても、被控訴人は(1)ないし(5)の各貸付債権につき、次のとおり弁済を受けた。

(ア) 被控訴人は高松地方裁判所昭和五七年(ヌ)第三九号強制競売手続において、昭和五八年六月一四日(1)の貸付債権につき四四八四万六六六七円、(4)の貸付債権につき四二五〇万四九四六円の各配当を受けた。

(イ) 被控訴人は昭和五八年二月二二日高松地方裁判所昭和五六年(ケ)第一四四号不動産競売手続において一億円の配当を受けた。

(ウ) 被控訴人は昭和五九年一二月一一日(4)の貸付債権についての弁済供託金四四五一万八三〇〇円を受領した。

(エ) 被控訴人は、控訴人の池田千代美(第三債務者)に対する債権につきなされた強制執行手続により二五七五万円の配当を受けた。

(三)  本訴は次のとおり違法・不当な目的の下に提起されたもので公序良俗に反し違法であるから、請求を棄却されるべきである。

(1)  本訴は架空のものである(1)の貸付債権及び元利全額回収して余りある担保権が付されている(2)ないし(5)の各貸付債権に基づき提起されたものである。被控訴人は本訴提起当時右事実を認識していたか、そうでなくても金融機関として通常の注意義務を尽くせば容易に認識可能であった。

(2)  また、被控訴人は信用組合取引約定書七条三項に、相殺によって差引計算する場合債権債務の利息・損害金等の計算についてはその期間を計算実行の日までとする旨の約定(以下「七条三項の約定」という。)があるのを奇貨として、本訴請求債権につき相殺や担保権実行の時期を故意に遅らせて遅延損害金を異常に増大させたほか、他にも控訴人所有の不動産があるのに殊更これを秘匿して、本訴請求債権に基づき控訴人所有に係る別紙目録(一)記載の土地・建物に対し仮差押をなし、かつ、同建物につき強制管理に及び、控訴人に金融の道を閉ざして(2)ないし(5)の各貸付債務の弁済の道を封じたり、仮執行宣言付の原判決により控訴人所有の別紙目録(一)記載の建物に対して強制競売を申し立て自ら買受人となってこれを取得するなどした。

(3)  以上のことは被控訴人が控訴人から全財産を取り上げてその倒産を図る目的の下になされた一連の行為であり、本訴もその一環をなすもので単に債権の回収にとどまるものではない。

4. 抗弁に対する被控訴人の認否

(一)  (一)について

(1)  (1)の事実は否認する。

控訴人は高松市香西南町所在の土地・建物を池田千代美に貸し渡し、同人より受領した敷金ないしは保証金一億円を被控訴人に(ア)の定期預金をし、同時に被控訴人から(1)の貸付を受けたもので、控訴人主張のように仮装のものではない。

(2)  (2)の事実は否認する。

(1)の貸付が即時両建預金を取引条件としてなされたものでないことは右のとおりであり、控訴人の主張は前提において既に失当である。のみならず、(1)の貸付当時における被控訴人の代表理事及び控訴人の代表取締役はいずれも星野真一で、被控訴人・控訴人ともその独裁的支配の下に置かれていた。したがって、右貸付は被控訴人がその優越的地位を利用してなした不公正な取引であろうはずがなく、かえって被控訴人に不利益なものであったから、独禁法一九条違反には当らない。

(二)  (二)について

(1)  (1)のうち、各定期預金、期限の利益喪失約定の事実は認め、停止条件付相殺契約の事実は否認し、その主張はすべて争う。

(2)  (2)のうち、相殺予約の事実は否認し、その主張は争う。

(3)  (3)のうち、控訴人がその主張の相殺の意思表示をした事実を否認し、その主張は争う。

(4)  (4)のうち、控訴人がその主張の相殺の意思表示をした事実は認め、その主張は争う。

(5)  (5)のうち、(ア)、(ウ)、(エ)の各事実は認め(ただし、(ウ)の金額は四四五八万一三〇〇円である。)、(イ)の事実は否認する。

同(イ)の一億円は、控訴人所有に係る別紙目録(二)記載の土地・建物に設定された根抵当権実行により、その被担保債権である被控訴人の四国栄宝株式会社に対する貸付債権についてなされた控訴人の保証債務の配当として受領したもので、被控訴人の控訴人に対する貸付債権とは関係のないものである。

(三)  (三)について

(1)  (1)の事実は否認する。

(1)の貸付債権は現実の貸付によるものであり、また、(2)ないし(5)の各貸付債権については担保余力があるどころか、昭和五三年八月一〇日現在における被控訴人の控訴人に対する債権合計額は六億四五五七万五四九七円であるのに対し、担保合計額は四億七五七四万七〇八七円にすぎず、(2)ないし(5)の各貸付債権についても本訴提起当時かなりの担保不足を生じていた。

(2)  (2)の事実中控訴人主張の仮差押・強制競売等は認め、その余は否認する。

(3)  (3)の事実は否認する。

5. 被控訴人の再抗弁

控訴人の抗弁(二)の(4)に対し、次のとおり主張する。

(一)  被控訴人は控訴人に対して次のとおり、建物賃貸借終了に伴う保証金及び敷金返還債権並びにこれに対する民法所定年五分の割合による遅延損害金債権合計九五二万二五七三円を有する。

(1)  賃貸借建物 高松市今新町六番地八 今新ビル七階店舗兼事務所、床面積二八二・三七八平方メートル

契約日 昭和五二年四月一日

期間 昭和五二年四月一日から同五三年三月三〇日まで

保証金・敷金 合計四五〇万円。賃貸借終了し、建物明渡後一か月以内に返還する。

賃貸借終了・建物明渡日 昭和五三年二月末日(解約の申入は二か月前に書面でする旨の約定に基づき昭和五二年一二月末ころ到達の書面でした。)

返還を求める保証金・敷金の額 四五〇万円

遅延損害金 四八万〇二〇五円(昭和五三年四月一日から同五五年五月一九日まで民法所定年五分の割合による。)

(2)  賃貸借建物 高松市今新町六番地八 今新ビル五階A室、床面積七〇・七四四平方メートル

契約日 昭和五〇年一〇月一日

期間 昭和五〇年一〇月一日から同五一年九月三〇日まで

敷金 五〇万円。賃貸借終了し、建物明渡と同時に返還する。

賃貸借終了・建物明渡日 昭和五三年二月末日(期間の定めのない賃貸借として、昭和五二年一二月末ころ到達の書面により昭和五三年二月末日をもって解約する旨の申入をした。)

返還を求める敷金の額 五〇万円

遅延損害金 五万三三五六円(昭和五三年四月一日から同五五年五月一九日まで民法所定年五分の割合による。)

(3)  賃貸借建物 高松市香西南町三八六番地 木造瓦葺平家建居宅一棟、床面積六六平方メートル

契約日 昭和五〇年一〇月一日

期間 昭和五〇年一〇月一日から同五一年九月三〇日まで

敷金 二五万円。賃貸借終了し、建物明渡と同時に返還する。

賃貸借終了・建物明渡日 昭和五二年一二月三一日(期間の定めのない賃貸借として昭和五二年一二月末ころ到達の書面により同月三一日をもって解約する旨の申入をした。)

返還を求める敷金の額 二五万円

遅延損害金 二万八六九八円(昭和五三年二月一日から同五五年五月一九日まで民法所定年五分の割合による。)

(4)  賃貸借建物 高松市香西南町西打三八六番地 木造瓦葺二階建居宅一棟、床面積一階七六・〇三三平方メートル、二階六・六一七平方メートル

契約日 昭和五〇年一〇月一日

期間 昭和五〇年一〇月一日から同五一年九月三〇日まで

敷金 三五万円。賃貸借終了し、建物明渡と同時に返還する。

賃貸借終了・建物明渡日 昭和五二年一二月三一日(期間の定めのないものとして、昭和五二年一二月末ころ到達の書面により同月三一日をもって解約する旨の申入をした。)

返還を求める敷金の額 三五万円

遅延損害金 四万〇一七八円(昭和五三年二月一日から同五五年五月一九日まで)

(5)  賃貸借建物 高松市今新町一番地一四 ニューライオンビル一階店舗兼事務所、床面積三二・七平方メートル

契約日 昭和四五年一二月一日

期間 昭和四五年一二月一日から同四八年一一月三〇日まで

保証金一八〇万円、敷金一五〇万円

賃貸借終了し、建物明渡後一か月以内に返還する。

賃貸借終了・建物明渡日 昭和五〇年一〇月ころ(そのころ賃貸借契約を合意解除し建物を明け渡した。)

返還を求める保証金・敷金の額 三〇〇万円

遅延損害金 三二万〇一三六円(昭和五三年四月一日から同五五年五月一九日まで)

(二)  被控訴人は控訴人に対して次のとおり、貸付金利息・遅延損害金債権合計一億二一九八万一五三八円を有する。

(1)  (1)の貸付債権に対する利息四〇一万〇九五八円(昭和五〇年一〇月三一日から同五一年四月三〇日まで)及び遅延損害金六五三一万二七五五円(昭和五一年五月一日から同五四年一一月二八日まで)

(2)  (4)の貸付債権に対する遅延損害金五二六五万七八二五円(昭和五二年一一月一日から同五五年五月一九日まで)

右遅延損害金の計算期間が相殺適状後長期間にわたっているのは、次のような事情によるものである。

信用組合取引約定書七条三項において、相殺によって差引計算をする場合債権債務の利息・損害金等の計算についてはその期間を計算実行の日までとする旨の約定がなされた(七条三項の約定)。

星野真一は昭和二九年七月二八日被控訴人設立後間もないころからその代表理事に就任し、昭和五二年一〇月一〇日代表理事を、昭和五三年一月七日理事を各辞任したが、その間独裁的に経営に当り、そのような状態は同年三月末ころ外部から新たな代表理事を迎えるまで続いた。したがって、被控訴人が(1)の貸付債権の弁済期である昭和五一年四月三〇日経過後、あるいは(2)ないし(5)の各貸付債権の弁済期である昭和五二年一〇月三一日経過後は速やかに相殺することができたのにこれをしなかったのは、控訴人の代表取締役でもあった星野真一が弁済期を延期することによって容易に遅延損害金の支払を免れることができるものと安易に考えたことによるもので、その責は一にかかって右星野真一に帰せしめられるべきものであった。

被控訴人は新代表理事就任後も控訴人に対し、再三支払を請求したにもかかわらず、控訴人からはかばかしい返事がもらえず、支払を待ってもらいたいとか、弁済期が未到来であるとかいうことに終始したため成行きを見守るほかなかったところ、昭和五三年七月に至り一切の貸付債務の支払に応じない旨の態度に出られたので、余儀無く同年九月二八日本訴に及んだのであるが、その間被控訴人としては控訴人に対する貸付債権を特殊貸付として別扱いとし、格別の措置に出ることもできないまま経過せざるをえなかった。

更に本訴提起後も昭和五五年五月一九日の相殺までにかなりの年月を経過したが、それは控訴人において本訴貸付債権につき弁済期未到来を主張し、その詳細主張準備その他のためとして口頭弁論期日を空転させたことによるものであって、被控訴人としてはそうしたことが明らかにされたうえで相殺をなすほかはなかったのである。また、被控訴人には従前同様本訴貸付債権の遅延損害金増大を図る意図などはいささかもなく、そのような遅延損害金の増大は控訴人からのいわゆる逆相殺によって容易に防止することのできた事柄である。

このような次第で、被控訴人のなした右相殺は相殺適状時から長年月経過した後になされたものであるが、これをやむをえないものとする特段の事由があったものというべきである。

(三)  昭和五五年五月一九日現在における控訴人の(ア)ないし(ウ)の各定期預金元利債権合計額は、次のとおり一億三一五〇万四一一一円(ただし、利息の額は預金利子税合計五八五万〇五〇四円を控除後のもの)である。(ウ)の定期預金債権については、信用組合取引約定書七条一項の、被控訴人は控訴人に債務の履行を求めることができる場合その債権をもって控訴人の被控訴人に対する預金債権等とその期限のいかんにかかわらず相殺できる旨の約定(以下「七条一項の約定」という。)に従って処理された。

(1)  (ア)の定期預金元利債権 一億二四四七万五九三八円(元金一億円及びこれに対する昭和五〇年一〇月三一日から同五五年五月一九日まで年八分一厘の割合による利息。ただし、預金利子税五五三万四六〇九円を控除。)

(2)  (イ)の定期預金元利債権 六二五万二五三〇円(元金五〇〇万円及びこれに対する昭和四九年一〇月二二日から同五五年五月一九日まで年五分六厘の割合による利息。ただし、預金利子税三〇万八七五七円を控除。)

(3)  (ウ)の定期預金元利債権 七七万五六四三円(元金七四万七〇八七円及びこれに対する昭和五四年六月二八日から同五五年五月一九日まで年五分三厘五毛の割合による利息。ただし、預金利子税七一三八円を控除。)

(四)  被控訴人は昭和五五年五月一九日控訴人に対し、自己の右(一)、(二)の債権合計額をもって控訴人の右(三)の債権合計額と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(五)  したがって、控訴人の相殺(抗弁(二)の(4))は、それより先になされた右被控訴人の相殺により効力を生じるに由ないものであり、右抗弁は理由がない。

6. 再抗弁に対する控訴人の認否

(一)  (一)について

(1)  (1)の事実中保証金・敷金の返還額が四五〇万円であることは否認する。右保証金・敷金は権利金に対比する意味のもので一体として見るべきであり、これについては補償金として二〇パーセント控除する旨の約定がなされていた。その余は認める。

(2)  (2)の事実中賃貸借終了・建物明渡の日は否認する。被控訴人主張の賃貸借は更新されて期間の定めのないものになっていたので、昭和五三年一二月末ころ到達した被控訴人の解約申入後三か月を経過した昭和五三年三月三一日をもって終了し、明渡が行われたものである。その余は認める。

(3)  (3)、(4)の各事実については建物明渡の日を除き(2)の認否に同じ。被控訴人主張の建物明渡は昭和五三年三月末ころまでにもまだ行われていない。

(4)  (5)の事実中合意解除による賃貸借終了・建物明渡の日は否認し、その余は認める。なお、未払賃料(一か月一五万円)又は賃料相当損害金があるときは控除されるべきである。

(二)  (二)の事実は争う。

遅延損害金は相殺適状時である昭和五一年五月一日もしくはその後合理的と認められる期間内のものに限られるべきで、被控訴人主張のように長期間にわたるものは許されず、また、これを許すべき特段の事由も存在しない。

(三)  (三)の事実のうち七条一項の約定は認め、その余は争う。

(四)  (四)の事実は認める。

(五)  (五)の主張は争う。

7. 控訴人の再々抗弁

仮に被控訴人が再抗弁(二)の(1)、(2)の各債権を有するとしても、その債権を自働債権としてなした相殺は、次のとおり効力を生じない。

(一)  被控訴人の(1)及び(4)の各貸付債権と控訴人の(ア)ないし(ウ)の各定期預金債権の相殺適状の時期は前記3の(二)の(1)から明らかなように昭和五一年五月一日である。本来、相殺は相殺適状時まで遡及して効力を生じるものであり、被控訴人主張の七条三項の約定にしても相殺をなしうる期間につき合理的な制限が付されるべきであるから、右約定を根拠として(1)の貸付債権につき昭和五四年一一月二八日まで、(4)の貸付債権につき昭和五五年五月一九日までの異常な長期間に及ぶ遅延損害金の算定は許されない。

(二)  右相殺実行の異常な遅延は、被控訴人が控訴人から全財産を取り上げてその倒産を図るため故意に遅延損害金の増大化を企図したことによるものである。

(三)  したがって、被控訴人主張の相殺は信義則・公序良俗に反し、又は権利の濫用として違法・無効である。

8. 再々抗弁に対する被控訴人の認否

否認する。

三、証拠関係<省略>

理由

一、まず、(1)の貸付債権に基づく請求について判断する。

1. 控訴人は初め、請求原因(一)の(1)の事実を認めたが、それは真実に反する陳述で錯誤に基づいてなしたものであるから撤回して否認する旨主張する。

2. <証拠>によると、次の事実が認められる。

(一)  被控訴人は昭和二九年七月二八日中小企業等協同組合法に基づき、組合員に対する資金の貸付、組合員の預金又は定期預金の受入等を目的として設立された信用協同組合である。星野真一は昭和三〇年から被控訴人の代表理事に就任し、ほとんど独裁的にその経営に当り、そのような状態が昭和五二年一〇月背任・業務上横領罪の容疑を受けて代表理事を辞任するまで続き、翌一一月逮捕され、その後業務上横領罪で起訴され、昭和五三年一月理事を辞任した。被控訴人は同年三月監督庁である香川県の依頼で派遣された株式会社百十四銀行の出身者を代表理事として受け入れる等経営の刷新を行った。なお、星野真一は後に右起訴事実によって有罪判決を受け、同判決は確定した。

控訴人は、星野真一により、昭和四二年三月一五日不動産の賃貸借等を目的として設立された株式会社であるが、実質は完全に同人の支配する個人企業であった。

(二)  被控訴人は設立当時既に、地区を同じくして同種組合である香川県信用組合が存在していたため経営は楽でなく、設立後間もないころから継続して実質的に欠損状態に陥っていた。星野真一は右のような劣悪な状態を糊塗して体裁を繕い、その間に何とかして後発の不利な立場から脱却しようと図り、八パーセントの配当が可能になるような粉飾決算を行い、その一環として自己の支配する控訴人その他関連企業等の名義を使用し、同企業等との間で多額の預金と手形貸付による貸出が同時に行われたような架空の操作を繰り返し行い、殊に昭和四九年度は被控訴人の創立二〇周年に当り、その記念事業として強力に進められた総預金量二〇〇億円達成のため、右のような無理な操作を重ねた。その結果、被控訴人には実質的に預金及び貸付金と認められない膨大な架空の数字が計上され、昭和四九年五月ころには、それまでになされた預金及び貸出金共に一四億六八〇七万〇九四八円につき、その整理計画が重要案件として検討されており、その他にも八億円に上る同種の預金・貸付が存在し、これについても右整理計画に引き続いて整理が行われることになっていた。

(三)  右整理計画の案として昭和四九年五月被控訴人が作成した実質的に預金及び貸出金と認められないものの整理計画表と題する書面(乙第二号証)では、それまでに計上された架空の預金と貸出金とを対当額において相殺する方法により整理することになっており、その中には控訴人名義で預金及び貸出金各一億円のものが三か所記載されていて、過去にそのような粉飾が行われたことを示している。

(四)  (1)の貸出については、金額その他これに符合する記載のある約束手形(甲第五号証)が被控訴人の手元に存在するが、右貸付がなされた旨の記帳処理がなされた元帳等は存在せず、また、(2)ないし(5)の各貸付に符合する約束手形(甲第三、第四、第六、第七号証)はいずれも期日までの利息を支払って延期手続が行われたことをその都度付箋に記載して明らかにしているのに、甲第五号証にはそのような記載が全くなされていない。控訴人が被控訴人から貸付を受けるには手形貸付の方法により、その支払が期日にできないときは利息を支払って期日の延期を受ける方法によっていた。

(五)  (ア)の定期預金がなされた昭和五〇年一〇月三一日、控訴人は池田千代美から高松市香西南町所在パチンコ営業用土地建物賃貸借の敷金として一億円を受領した。右一億円が(ア)の定期預金の原資となったものと認められる可能性が大きい。控訴人代表者寺田完は当審においてこれを否定する旨の供述をなしているが、(ア)の定期預金が(1)の貸付と同日付でなされているところから、そのいずれもが架空のものであるとするのに急で、確証に基づいてなされた供述とは認め難い。

(六)  (1)の貸付及び(ア)の定期預金成立後被控訴人によって作成された昭和五一年一月二一日付貸出禀議書(甲第八号証。貸付日との一年の相違は誤記で、(4)の貸付に関するもの)の預金状況欄の定期項目には(ア)の定期預金と同一金額の、貸出状況欄の手貸項目には(1)の貸付と同一金額の各記載があり、その後被控訴人によって作成された昭和五一年五月八日付、同五二年三月三〇日付各貸出禀議書(甲第九、第一〇号証。前者は(2)の、後者は(5)の各貸付に関するもの)にも同一金額もしくはそれを超える各記載があるが、それらと(ア)の定期預金及び(1)の貸付との関連性については、これを認めるに足りる証拠がない。

(七)  星野真一は被控訴人代表理事の座に強い執着を持ち、株式会社百十四銀行からの代表理事派遣に強く反発し、かつ、本訴が提起された後も返咲きの夢を捨てきれず、そのためにも本訴の事実関係をあからさまにして被控訴人の新執行部と対決することに消極的で、和解によってことを穏便有利に運びたいものと腐心するうち、昭和五七年七月一二日死亡した。

以上の事実が認められ、前記控訴人代表者寺田完本人尋問の結果中この認定に反する部分は信用できず、他に同認定を動かすに足りる証拠はない。

3. 右認定事実によると、次のとおり判断される。

(一)  星野真一は長年にわたり代表理事として被控訴人をほとんど独裁的に経営していたものであるが、被控訴人の控訴人に対する貸付は手形貸付の方法により、その貸付債権が期日に支払われないときは利息の支払を受けて期日を延期し、その旨を当該約束手形の付箋に記載し経過記録を残すことになっていた。それは星野真一の勢威にかかわりなく、被控訴人が中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合としての性質上、手続的に首尾を一貫させないでは済まされないという公的組織上の要請に基づくものであった。

(二)  しかるに、被控訴人において、控訴人が(1)の貸付のために差し入れた約束手形であるとして提出した甲第五号証には右のような延期手続がなされたことは全く記録されていないうえ、元帳その他右貸付に関する帳簿処理等は一切なされていない。また、仮に(1)の貸付につき利息の支払を受けるとともに右貸付債権の支払に充当するためそれと同額の新たな手形貸付がなされ、その際差し入れられたのが甲第五号証であったとしても、右利息の受領を含め信用協同組合としてとるべき帳簿処理等を欠くことは到底できないところである。事柄が金融機関としての資金の行方に関するものである以上、その資金が(1)の貸付の形で実際に外部に出たのであれば、元金・利息等の記録を全く残さないことは金融機関としての性質上なしえないところであることに徴すると、甲第五号証を右被控訴人提出の趣旨でたやすく採用することはできないといわざるをえない。

(三)  星野真一は原審における控訴人代表者本人尋問において、(1)の貸付を肯認する旨の供述をしているが、同貸付に関する利息の支払や期日の延期については明確な記憶を持ち合せておらず、確実な資料に基づいてなされたものとは認め難いうえ、過去における同種取引につき記憶上混同を生じる可能性もなくはなかった事情のあることや、同人の被控訴人代表理事への返咲きとの関係での思わく等に徴すると、たやすく右供述を信用することはできない。また、(1)の貸付がなされたとする日よりも後に作成された被控訴人の控訴人に対する各貸出禀議書である甲第八ないし第一〇号証の記載上(1)の貸付を関連付けることは困難である。他に(1)の貸付を認めるに足りる証拠はない。

(四)  そうすると、(1)の貸付は本件全証拠によるもこれを認めるに足りず、この点に関する控訴人の自白は真実に反し、かつ、被控訴人において特段の事情につき主張立証をなしていない以上錯誤に出たものと認められるから、前記控訴人の自白の撤回は有効になされたものというべきである。

4. 以上の次第であるから、その余の判断に及ぶまでもなく、被控訴人の(1)の貸付債権に基づく請求は理由がない。

二、次に、(2)ないし(5)の各貸付債権に基づく請求について判断する。

1. 請求原因(一)の(2)ないし(5)についてすべて当事者間に争いがない。

2. 右請求原因に対する抗弁(前記抗弁(二))について

(一)  うち抗弁(1)について

(ア)ないし(ウ)の各定期預金債権は当事者間に争いがないところ、控訴人は被控訴人との間で右定期預金債権と(2)ないし(5)の各貸付債権につき停止条件付相殺契約が締結された旨主張するが、控訴人がその根拠として挙げる信用組合取引約定書七条にもそのような趣旨のことは何ら規定されてなく、他にこれを認めるに足りる証拠もないから、その余の判断に及ぶまでもなく右抗弁は採用できない。

(二)  同(2)について

控訴人は被控訴人との間において前記各債権間で相殺予約がなされた旨主張するが、控訴人がその根拠として挙げる信用組合取引約定書七条二項にもそのような趣旨のことは何ら規定されてなく、他にこれを認めるに足りる証拠もないから、その余の判断に及ぶまでもなく右抗弁は採用できない。

(三)  同(3)について

控訴人は昭和五一年五月一日(2)ないし(5)の各貸付債権の弁済期到来後直ちに被控訴人に申し入れた示談中に相殺の意思表示が含まれていた旨主張する。

ところで、昭和四九年二月五日被控訴人と控訴人の間で、控訴人が被控訴人に対する債務の一つでも期限に弁済しなかったときは、何らの通知・催告なくして控訴人の被控訴人に対する一切の債務につき期限の利益が失われ、直ちに弁済期が到来する旨の約定がなされていたことは当事者間に争いないところ、控訴人は(1)の貸付債権が弁済期に支払われなかったことを理由に昭和五一年五月一日(2)ないし(5)の各貸付債権について期限の利益が失われ弁済期が到来した旨主張するのであるが、前記一のとおり(1)の貸付は存在しないので右主張は失当というほかはなく、結局前記昭和五一年五月一日には(2)ないし(5)の各貸付債権の弁済期は到来していないことになる。そうすると、右到来を前提とする右抗弁はその余の判断に及ぶまでもなく失当であり、採用できない。

(四)  同(4)について

右(4)の事実(ただし、受働債権は(2)ないし(5)の各貸付元利債権)は当事者間に争いがない。

(五)  同(5)について

被控訴人が昭和五八年六月一四日(4)の貸付債権につき四二五〇万四九四六円の配当を受け、昭和五九年一二月一一日同債権につき弁済供託金四四五八万一三〇〇円(控訴人は四四五一万八三〇〇円である旨主張するが、それは過誤によるものと認められる。)を受領し、遅くとも昭和六〇年一〇月一一日(被控訴人は同日付準備書面において自認)強制執行により二五七五万円の配当を受けたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨(被控訴人の昭和六〇年一〇月一一日付、同六一年二月二八日付各準備書面別表)によると、右二五七五万円は(1)の貸付債権に対する配当としてなされたものであることが認められるところ、(1)の貸付債権が存在しないことは前記一のとおりであるから、(2)ないし(5)の各貸付債権に対する弁済に充当されたものとするのが当事者の意思に合致して相当である。

また、被控訴人が昭和五八年六月一四日(1)の貸付債権につき四四八四万六六六七円の配当を受けたことは当事者間に争いがなく、原本の存在・成立に争いのない甲第三七号証の四によると、同配当金額は(1)の貸付債権が存在しなければ全額次順位の(4)の貸付債権に対する配当となったものと認められ、かつ、控訴人においても同貸付債権に対する弁済充当の意思が明らかであるから、そのとおりの法律効果が生じたものと認めるのが相当である。

被控訴人が昭和五八年二月二二日一億円の配当を受けていることは被控訴人も認めるところであるが、原本の存在<証拠>によると、控訴人が被控訴人に対して負担する保証債務に関するもので、(2)ないし(5)の各貸付債権とは関係のないものであることが認められるので、右配当金が(2)ないし(5)の各貸付債権に対する弁済となった旨の被控訴人の主張は理由がない。

3. 右抗弁(4)に対する再抗弁及び再々抗弁について

(一)  被控訴人から控訴人に対し、再抗弁(四)の相殺の意思表示がなされた事実は、当事者間に争いがない。

(二)  被控訴人は右相殺における自働債権及び受働債権の利息・遅延損害金等につき、七条三項の約定に従い算定している。

右利息・遅延損害金等の処理に関する七条三項の約定は、妥当な限度で債権の回収を容易にして公共的性格を有する金融機関を保護し、併せて差引計算を簡易化して事務処理の便に資するため、昭和三七年八月六日全国銀行協会連合会によって作成された銀行取引約定書雛型(旧)七条三項に做ったもので、もとより民法の相殺に関する原則を不当に回避し組合員の利益が害されるようなものであってはならないから、利息・遅延損害金の終期となる差引計算実行の日は客観的に妥当な日であることを要し、これに反する不当な時点での処理は信義則上許されないものというべきである。

(三)  再抗弁(一)の(1)ないし(5)の各自働債権

(1)  (1)の事実は保証金・敷金の返還額を除き、当事者間に争いがない。右保証金・敷金の返還額については、<証拠>によると、敷金の返還は一定の率による補償金の控除が当然になされる約定になっているが、保証金の返還にそのような約定はなされておらず、また、被控訴人が返還を求める四五〇万円は保証金・敷金の合計金額とされていて両者の区分はなされていないことが認められ、この認定事実によると、控訴人主張のように全額敷金と同一視して補償金を控除することは賃借人の利益を不当に害することになって相当でなく、むしろ全額保証金と同一視して補償金の控除は許されないものと解すべきである。そうすると、被控訴人は昭和五三年三月三一日保証金・敷金名義の合計金額四五〇万円全額につき返還債権を取得したことになる。

(2)  (2)の事実は賃貸借終了・建物明渡の日を除き、当事者間に争いがなく、右各除外事実についてはこれを認めるに足りる証拠がない。そうすると、被控訴人主張の賃貸借は控訴人も自認するとおり、期間の定めのないものとして昭和五二年一二月末こうなされた解約申入により昭和五三年三月三一日をもって終了し、かつ、同日賃貸借建物の明渡が行われたものと認めるべきであるから、被控訴人は昭和五三年三月三一日敷金五〇万円につき返還債権を取得したものというべきである。

(3)  (3)、(4)の各事実は賃貸借終了・建物明渡の日を除き、当事者間に争いがなく、右除外事実についてはこれを認めるに足りる証拠がない。そうすると、被控訴人主張の各賃貸借は期間の定めのないものとして、昭和五二年一二月末ころなされた解約申入により昭和五三年三月三一日をもって終了し、かつ、弁論の全趣旨により各賃貸借建物の明渡もそのころ行われたことが認められるので、被控訴人は昭和五三年三月三一日敷金二五万円と三五万円につき各返還債権を取得したものというべきである。

(4)  (5)の事実は合意解除による賃貸借終了・建物明渡の日を除き、当事者間に争いがなく、昭和五〇年一〇月ころ賃貸借契約の合意解除及び建物明渡がなされた旨の被控訴人主張事実はこれを認めるべき証拠がない。そして、弁論の全趣旨によると、被控訴人は昭和五三年二月末日までには右解除・明渡がなされ、同年三月三一日までには被控訴人主張の保証金・敷金返還債権合計三〇〇万円(保証金一八〇万円。成立に争いのない甲第三一号証によると、入居三年以上の右賃貸借では敷金返還につき補償金一〇パーセント控除の約定がなされていることが認められるので、これを控除した残額一三五万円。右各金額の合計額三一五万円のうち被控訴人主張の金額である。)の返還債権を取得したことが認められる。

(5)  したがって、被控訴人は自働債権として弁済期昭和五三年三月三一日の保証金・敷金返還債権合計八六〇万円(遅延損害金は民法所定年五分)を有し、これと控訴人の(ア)、(イ)の各定期預金元利債権とは右同日、(ウ)の定期預金債権とは七条一項の約定により昭和五五年五月一九日各相殺適状を生じ、七条三項の約定により差引計算実行の日である昭和五五年五月一九日までにおける各遅延損害金・利息が計算され(組合員である控訴人の利益を害しないから信義則違反の問題は生じない。)、民法五一二条、四八九条二号、四九一条一項により債務者である被控訴人に弁済の利益が多い(ア)の定期預金元利債権につき順次利息・元金に充当されるべきである。

(四)  再抗弁(二)の(1)の自働債権

被控訴人は(1)の貸付債権に対する利息・遅延損害金債権をもって自働債権となす旨主張するが、その前提をなす(1)の貸付債権は前記一のとおり存在しないから、これを認めるに由ないものである。

(五)  再抗弁(二)の(2)の自働債権、再々抗弁

(1)  (4)の貸付債権は弁済期が前記1のとおり昭和五二年一〇月三一日であり、同日が満期日である(ア)の定期預金債権及びそのころ既に満期日が到来していた(イ)の定期預金債権とは昭和五二年一〇月三一日に、相殺の意思表示がなされた昭和五五年五月一九日いまだ満期日が到来していなかった(ウ)の定期預金債権とは七条一項の約定(当事者間に争いがない。)により右相殺の意思表示がなされた昭和五五年五月一九日に各相殺適状を生じたものというべきである。

(2)  したがって、相殺適状を生じた昭和五五年五月一九日に(4)の貸付債権の遅延損害金をもって(ウ)の定期預金債権と差引計算をなすことは組合員である控訴人の利益を害するものでないから、信義則違反の問題を生ぜず有効というべきである。

しかし、相殺適状を生じた日より二年半余も後において、受働債権である(ア)、(イ)の各定期預金債権に対し著しく高利で計算した(4)の貸付債権の遅延損害金を自働債権としてなされた差引計算については検討を要するところである。この点に関し、被控訴人は星野真一が代表理事の地位にあった期間及び同人がその地位を退いた後も理事にとどまっていた期間は相殺をなしえなかった旨主張するが、<証拠>によると、昭和五二年一〇月星野真一が被控訴人の代表理事を退任し、同年一一月石井和夫が代表理事に就任したが、同年一二月二八日には再抗弁(一)の(1)ないし(4)の各賃貸借を解約し、保証金・敷金の返還請求を星野真一が代表取締役の地位にあった控訴人に対し行っていることが認められ、この認定事実に照らすと、(4)の貸付債権と(ア)、(イ)の各定期預金債権とが相殺適状を生じた昭和五二年一〇月三一日には星野真一の存在が右相殺適状にある対立債権との相殺を妨げる事由をなしたものとは認められない。また、被控訴人は本訴追行過程における控訴人の対応関係が右相殺を妨げる事由をなした旨主張するが、そのようなことが一方的な意思表示によってなしうる相殺を妨げる事由をなすものとは到底考えられない。その他相殺適状発生後二年半余も経過した後に差引計算をなすことにより被控訴人をして適正な債権回収あるいは差引計算の簡易化を得しめるべき格別の必要性は認められない。そうすると、被控訴人が(4)の貸付債権の遅延損害金をもって(ア)、(イ)の各定期預金元利債権と差引計算をなすことは組合員である控訴人の利益を害するから信義則に反して許されず、その相殺の意思表示は効力を生じるに由ないものというべきである。

4. 以上の次第で、被控訴人の再抗弁は一部理由があり、したがって控訴人の相殺の抗弁も一部理由があり、また控訴人の弁済の抗弁も一部理由があるところ、控訴人は第一次的には相殺の抗弁によって被控訴人の(2)ないし(5)の各貸付債権の消滅を主張し、なお残債権があるときは、弁済の抗弁によってこの消滅をも主張しているものと解されるので、これにそって考えると、被控訴人の右債権は右相殺によって一部消滅し、残部はすべて右弁済によって消滅していることが明らかであるから、その余の判断に及ぶまでもなく、被控訴人の右貸付債権に基づく請求は理由がないものというべきである。

三、そうすると、被控訴人の本訴請求はこれを棄却すべきである。

四、よって、右判断と異なる原判決は不当で、本件控訴は理由があるから、同判決を取り消したうえ被控訴人の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高田政彦 裁判官早井博昭、同上野利隆はいずれも転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官 高田政彦)

<以下省略>

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